バーチャル展示の未来を考える。バーチャルトーハク×武蔵野美術大学芸術文化学科ワークショップレポート

文化芸術収益力強化事業 サバイブのむすびめ

2021/2/26

 デジタル技術を活用した映像配信やアーカイヴは、音楽、美術、演劇とあらゆる分野においてすでに必要不可欠な存在だ。そして、教育普及の分野においても、大きな存在感を持ちつつある。

 文化庁「文化芸術収益力強化事業」の「デジタル技術を活用した映像配信等による新たな収益確保・強化事業」にも採択されている、独立行政法人国立文化財機構東京国立博物館(以下、トーハク)と文化財活用センター、凸版印刷による、「バーチャル東京国立博物館(以下、バーチャルトーハク)」。開催中のバーチャル特別展「アノニマス ―逸名の名画―」を機に、バーチャルトーハクの技術を活用した武蔵野美術大学との特別なワークショップはその可能性を垣間見せてくれた。

バーチャルトーハクの取り組みを美術教育に活かす

 2021年2月16日、オンライン上で武蔵野美術大学芸術文化学科でアートと社会をつなぐデザインを学ぶ1〜3年生8名の学生が有志で集まり、ワークショップが開催された。

このワークショップは、バーチャル空間で開催する展覧会のために、学生たちがトーハクの所蔵する絵画をそれぞれ1点ずつ選定、それらを展示する展覧会のタイトルを決めるまでを約2時間で行うというものだ。「バーチャルトーハク」の空間を美術教育に活用するトライアルワークショップとして開催され、バーチャルトーハクを企画・運営する団体のひとつ、凸版印刷株式会社の安室朋さんをはじめとする文化事業推進本部メンバーがモデレーターを務め、芸術文化学科の杉浦幸子教授がオブザーバーとして参加した。

ワークショップ中の様子より モデレーターの凸版印刷 安室朋さん

 ワークショップは2部構成。第1部は参加者の簡単な自己紹介を行ったあと、凸版印刷のデジタル文化財の制作と活用法についてレクチャーが行われた。

デジタル文化財は3次元形状計測や高精細撮影、色彩計測や非破壊計測、書誌情報などさまざまなプロセスを経て作成される。完成したバーチャル空間の夜空の下に屏風を配置したり、行燈の灯りで照らしてみたり、ときには文化財内部の中に入り込んでみるなど、実物では不可能な鑑賞方法をとることも可能だ。バーチャルトーハクも、この凸版印刷のノウハウを活用して再現された。

 デジタル文化財の解説が終わると、参加者はzoomで音声や映像を共有したまま、バーチャルSNS「cluster」にもログイン。cluster内に設置されたバーチャルトーハクの空間に入り込み、安室さんの案内で内部を見学する。

ワークショップ中の様子より バーチャルSNS「cluster」内

 バーチャルトーハクとは、バーチャル空間内に上野の東京国立博物館の一部をCGで再現した仮想現実の博物館。本館の設計図面から3Dデータを作成し、現地で撮影した質感データを貼り付けることで、エントランスや壁などの装飾を忠実に再現している。参加者はこの重厚な空間を堪能しつつ、展示室へと足を踏み入れる。

バーチャルトーハクより、大階段 (C) Virtual Tohaku

ワークショップ当日の空間内では、バーチャル特別展「アノニマス ―逸名の名画―」が開催されていた。この展覧会は、2006年に公開された細田守監督によるアニメーション映画「時をかける少女」の劇中シーンに登場した架空の特別展を再現したものである。

ワークショップ中の様子より バーチャルSNS「cluster」内

作者不明(アノニマス)ながらも、現在まで名品として受け継がれた作品が並ぶ展覧会で、トーハクの本館18室をモデルにした展示室には同作のストーリーで重要な意味を持つ架空の絵画作品《白梅ニ椿菊図》やトーハク所蔵品の国宝《孔雀明王像》、国宝《洛中洛外図屛風(舟木本)》などが展示されている。ワークショップ参加者は、空間内をモデレーターの案内で巡り、バーチャル空間における美術作品展示とはどのようなものかを体感していく。気になった作品をルーペ機能で拡大して鑑賞することも可能だ。

ワークショップ中の様子より バーチャルSNS「cluster」内 国宝《孔雀明王像》東京国立博物館蔵

 参加者の多くは実際のトーハクを訪れたことがあるため、バーチャルトーハクの再現具合を興味深く観覧しつつ、空間内では参加者から事前に集められた質問にモデレーターの安室さんが回答する時間もあり、多くの参加者がバーチャル空間での展示やデジタルアーカイヴの可能性について関心を寄せていたようだった。

リアルな展示では体験できない、トーハクの所蔵品から選んだ「私の1点」

 バーチャルトーハクの空間を体感した後、参加者が演習を行う第2部へ。参加者にはあらかじめ、事前課題としてバーチャル空間において展示したい作品を選定してもらっており、その作品を選んだ理由や、展示する際の仕掛け案を一人ずつ発表するところからスタートする。

 約12万件のトーハクのコレクションから、参加者たちがそれぞれ1点選んだ作品はバラエティ豊かだ。そして、単にバーチャル空間に名作を落とし込むだけではなく、鑑賞体験に付加価値をつけて提案していた。

たとえば、尾形光琳の重要文化財《竹梅図屏風》を提案した3年の鈴⽊颯良さんからは、リアルな時間とリンクさせ、朝日や夜に蝋燭に照らされた作品を鑑賞できるなど、バーチャル空間でないと実現が難しいような効果的な展示アイデアが発表された。葛飾北斎《諸国瀧廻リ・下野黒髪山きりふりの滝》を選んだ3年の⽩⼟若奈さんからも、鑑賞の際に水しぶきの音を流してみることや、同じく3年の栗原叶恵さんは横山大観《雲中冨士》の雲海を実際に動かしてみたり、陽の光で変化する雲の色を表現すること、百武兼行《伊太利亜風景》を選んだ1年生の⽯崎美智さんからは描かれた作品に包み込まれるように360度で見られるといった鑑賞体験が提案された。

重要文化財 竹梅図屏風 尾形光琳 18世紀 東京国立博物館蔵 出典=ColBase (https://colbase.nich.go.jp)
諸国瀧廻リ・下野黒髪山きりふりの滝 葛飾北斎 1833 東京国立博物館蔵 出典=ColBase (https://colbase.nich.go.jp)
雲中富士 横山大観 1913頃 東京国立博物館蔵 出典=ColBase (https://colbase.nich.go.jp)
伊太利亜風景 百武兼行 1881頃 東京国立博物館蔵 出典=ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

 また、黒田清輝の重要文化財《舞妓》を選んだ1年生の圓城琴⾳さんは、近距離で拡大して鑑賞することで油彩ならではのディティールを堪能すること、中国・清時代の趙之謙《宜富当貴図軸(ぎふとうきずじく)》を選んだ2年生の岡本理咲さんは、縦長で巨大な作品ゆえ、なかなか肉眼では確認しづらい作品上部のディティールを鑑賞することなど、実際の博物館よりも、作品の拡大・縮小が自由にできる、バーチャルミュージアムならではの利点を生かした提案もなされた。

重要文化財 舞妓 黒田清輝 1893 東京国立博物館蔵 出典=ColBase (https://colbase.nich.go.jp)
宜富当貴図軸(ぎふとうきずじく) 趙之謙 19世紀 東京国立博物館蔵 出典=ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

ほかにも1年生の三上萌さんが選んだ中国・清時代の《春水吹簫図扇面(しゅんすいすいしょうずせんめん)》や、2年生の梨本奈那さんが選んだ18世紀末~19世紀初に描かれたインドの絵画《ブランコに乗るクリシュナとラーダー(ヒンドル・ラーガ)》といった、トーハクの東洋美術の名品もセレクトされ、バリエーションに富んだ作品ラインナップとなった。

春水吹簫図扇面(しゅんすいすいしょうずせんめん) 諸炘 1783 東京国立博物館蔵 出典=ColBase (https://colbase.nich.go.jp)
ブランコに乗るクリシュナとラーダー(ヒンドル・ラーガ) 18世紀末~19世紀初 東京国立博物館蔵 出典=ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

 オブザーバーの杉浦幸子教授によると、武蔵野美術大学芸術文化学科では、2年生の必修で行う実践的に展示を作り上げるカリキュラムを、昨年は新型コロナウイルスの影響でバーチャルでの展示企画に切り替えたこともあり、「バーチャル展示の利点や重要性をより理解した提案がされている」とコメント。
また、昨年4月にcluster内で行われた「バーチャルムサビ展」などを通し、バーチャル空間で作品展示をすることへの意識が学内全体で高まっているという。

三者三様に考えられた展覧会タイトル

 参加者の選んだ8点の作品が揃ったあとは、それらの作品を展示する展覧会タイトルを決める作業に続く。zoomのブレイクアウトルーム機能(ミーティングに参加している参加者を、小さなグループに分けて話し合いができる機能)で、学年ごと3グループにわかれ、それぞれでこのバーチャル展覧会にふさわしいタイトルを名付けるディスカッションが約20分間かけて行われた。

ワークショップ中の様子より 3年生のディスカッション風景

 コロナ禍により、多くの学校でオンライン授業が行われており、武蔵野美術大学も例外ではない。その状況を学生たちは受け入れ、フル活用することで、新しい学びのスタイルを確立しているようだ。  

 話し合いが終わると、再び全員が集まり各学年で出たタイトル案を発表する時間となった。同じ作品のラインナップであるものの、モデレーターも、杉浦教授も驚くほど全く異なるタイトル案が提案された。

1年生グループ オーバー・ザ・リアル

2年生グループ 彫る展 センセーションを彫り出す絵画

3年生グループ 時空を超える名品展 没入する絵画世界

このなかから、凸版印刷文化事業推進本部メンバーや杉浦教授などによる投票で、ターゲットにより伝わりやすい1年生グループの「オーバー・ザ・リアル」がトップ案として決定。杉浦教授からは「このタイトルに、3年生の考えた『時空を超える名品展』や『没入する絵画世界』をサブタイトルとしてつければ、より展覧会タイトルとして深みが増す」と講評。また、短い時間の中でも8人の持っていた感情や願いを“センセーションを彫り出す”という言葉を使って表した2年生のオリジナリティ溢れる案にも賞賛が集まった。

最後に、このワークショップでつくられた展覧会のプレスリリースをまとめる事後課題が出され、終了した。

後日提出された、参加学生が作成した
架空の展覧会「OVER the Real -時空を超える名画展-」のプレスリリース

 今回のワークショップは、参加した8名の学生だけでなく、博物館・美術館の関係者たちにも大きな参考となりそうだ。展覧会スケジュールや保存・修復の関係でなかなか公開できない作品を展示することはもちろん、現在バーチャルトーハクで開催中の特別展「アノニマス —逸名の名画—」のように、物語のなかで登場した架空の展覧会を作り上げることも可能。そして、今回のワークショップで行ったように、学芸員を志す学生たちが学びの中で自由に展覧会が企画できるようになる。  

全国各地の美術館・博物館が持つ資料は貴重で膨大なものだ。場所や時間を超えて、仮想空間上に美術館や博物館を設置する試みは、今後大きく発展していくだろう。

文=浦島茂世

Information―
 

バーチャル展示の未来を考えるワークショップ
―バーチャルとキュレーション―

開催日時:2021年2月16日(火)16:00~18:00(終了)
開催場所:zoom、バーチャルトーハク内
参加者:武蔵野美術大学芸術文化学科学生1〜3年 8名
協力:武蔵野美術大学芸術文化学科杉浦幸子教授

杉浦幸子(すぎうらさちこ)
1966年東京都生まれ。1990年お茶の水女子大学文教育学部哲学科美学美術史専攻卒業、1995年ウェールズ大学大学院カーディフ校教育学部美術館教育専攻修了。1990年JRA日本中央競馬会入会、1996年ART&CHILD設立、2001年「横浜トリエンナーレ2001」教育プログラム担当、2002-04年森美術館パブリックプログラムキュレーター、2005-11年京都造形芸術大学プログラムコーディネーター、国際交流グループヘッドを経て、2012年武蔵野美術大学芸術文化学科准教授。2015年より同学科教授。

バーチャル特別展「アノニマス ―逸名の名画―」

会期: 2020年12月19日~2021年2月28日
料金:290円(税込) ※購入方法によって価格が変動
会場:バーチャルトーハク特別展示室 (cluster内)
展覧会公式サイト:https://virtualtohaku.jp/anonymous2020_exhibition/
主催:東京国立博物館、文化財活用センター、凸版印刷株式会社 
特別協力:スタジオ地図
※本企画は文化庁の「文化芸術収益力強化事業」の採択事業です

令和2年度戦略的芸術文化創造事業「文化芸術収益力強化事業」
サバイブのむすびめ

文化庁の令和2年度戦略的芸術文化創造事業「文化芸術収益力強化事業」として凸版印刷が受託した、文化芸術団体の新たな収益確保・強化を支援する「デジタル技術を活用した映像配信による新たな収益基盤の確保・強化」事業。新型コロナウイルス感染症の拡大による収益機会の減少により、多くの舞台芸術団体・博物館などの文化芸術団体の経営環境が厳しさを増すなか、美術出版社との協同プロジェクトとして、異なるジャンルの文化芸術団体が、ニューノーマル時代をサバイブするためのノウハウの共有や議論をする場を提供・活性化させることにより、文化芸術を次代につなぐことを目指す。

スペシャルサイト:survivenomusubime.jp/