3DVR技術で美術館の価値を高める。アートローグ インタビュー

文化芸術収益力強化事業 サバイブのむすびめ

2021/3/19

 2020年、新型コロナウイルス感染症における緊急事態宣言により日本のほとんどの美術館が休館を余儀なくされた。展覧会に関わった美術館スタッフはもちろん、多くの美術愛好家も大きなストレスを抱えることとなった。その中で注目されているのが、美術館展示の3DVRアーカイブ化だ。株式会社アートローグは、この厳しい状況を、美術館のDX(デジタルトランスフォーメーション)化における変革のチャンスとして捉え、十和田市現代美術館、モリムラ@ミュージアムで3DVRによる有料配信を実施。このプロジェクトは文化庁「文化芸術収益力強化事業」の「デジタル技術を活用した映像配信等による新たな収益確保・強化事業」で採択されたものだ。株式会社アートローグ代表取締役CEOの鈴木大輔さんにその取り組みの詳細をうかがった。

気軽にアートにアクセスできる社会を実現したい

 株式会社アートローグは、アートを基軸とした企画・プロデュースを行う、大阪に本拠地を置く企業だ。2010年、大阪市立大学における文科省のグローバルCOE研究プロジェクト「社会的包摂と文化創造に向けた都市の再構築」の一環としてスタート。展覧会のギャラリートークをアーカイブし、ウェブで配信する「CURATORS TV」や、世界中のパブリックアートを集合知型でアーカイブするサイト「Museum of Public Art(MoPA)」、wikipedia上にアートの情報を増やしていくようなワークショップを図書館や美術館と行うなど多岐にわたるプロジェクトを立ち上げてきた。アートにいつでも誰でも、どこからでもアクセスできる社会を目指し、2017年にスタートアップとして起業している。

  「立ち上げ当初から、これからの美術館を『ミュージアム3.0』と定義し、そのミュージアム3.0の時代にふさわしいサービスを提供していきたいと考えていました」と語るのは、株式会社アートローグ代表取締役CEOの鈴木大輔さん。同社による展覧会の3DVRアーカイブ事業は、そのミュージアム3.0時代の核となるものだという。

 『ミュージアム3.0』とはなにか? 鈴木さんは語る。「収集・保管・研究・展示を行う従来の美術館を1.0とすると、90年代からはじまったエデュケーションや教育普及の要素が加味された美術館はミュージアム2.0にあたります。そして、ミュージアム3.0とは、コンテンツメーカーとしての機能が強化された美術館です。人口減少社会に入っていくこれから日本において、美術館は生き残るために努力していかなければなりません。場合によっては統廃合されるところも出てくるでしょう。美術館は自身の価値を高めていく必要があるのです。テクノロジーを活用し、従来の美術館の価値を高めていきたい。このような発想のもと、アートローグでは2014年頃より展覧会の3DVRアーカイブ化の研究を進めていました」

3DVRによる新たなビジネスモデルの創出

文化庁の「デジタル技術を活用した映像配信等による新たな収益確保・強化事業」に採択された、アートローグの3DVRアーカイブ事業は、7年にわたる研究とノウハウが集積されたものだ。青森県十和田市の十和田市現代美術館の常設作品、そして大阪府大阪市のモリムラ@ミュージアムの展覧会「北加賀屋の美術館によってマスクをつけられたモナリザ、さえも」を3DVRの技術で、オンライン上で鑑賞できる。

モリムラ@ミュージアム 入り口

 

これまでも、美術館の展示のVR化やオンラインコンテンツ化は1990年代からその必要性が論じられてきたが、製作コストやサーバーや端末のスペックの問題、不理解などで一般には広まらなかった。しかし、コロナ禍を機に、導入の機運は非常に高まっているという。「VR研究を始めた当初は、簡便なシステムがなく、どうしてもコストが嵩んでしまう状態でした。そのため、予算の少ない美術館では二の足を踏むところが多く、実用化になかなか至ることがありませんでした」

しかし近年になり、今回活用した3Dカメラとサーバーを用いた撮影サービス「マーターポート」をはじめとした、手軽で細密に空間を3Dスキャンできる技術が開発され、リーズナブルに美術展示の3DVRが提供できる環境が整ってきた。

 「2020年、森美術館で開催していた『未来と芸術展』が新型コロナウイルス感染予防のために会期途中で終了することになってしまい、展覧会と作品を3DVRで撮影し公開しました。その後も東京国立近代美術館『ピーター・ドイグ展』や弘前れんが倉庫美術館『Thank You Memory — 醸造から創造へ —』といった展覧会でも実施し、これらは無料公開だったのですが、以前から可能であれば、有料公開もやってみたいと考えていました。けれども、決済システムの構築などコストの関係で実現できなかった。今回、文化庁の事業に採択された結果、有料決済のシステムを構築することができました」

十和田市現代美術館 アナ・ラウラ・アラエズ《光の橋》1
十和田市現代美術館 アナ・ラウラ・アラエズ《光の橋》2

 文化庁が収益力強化事業として採択されたのは2020年11月で、採択後、システムがローンチしたのは2021年1月だったという。「7年間VRの研究をしていて、技術的なノウハウはしっかりと積み重ねていました。この経験があったからこそ、このスピード感で実現できたのだと思います。3DVRアーカイブの有料公開が可能になったとはいえ、日本においては特に公立の美術館は営利を目的としないという方針が明確に示されているので、収益化という観点で今後どのように展開出来るかは難しいところではありますが、地方の美術館や博物館でも新しい存在価値を出すためにもビジネスモデルのひとつとして3DVRが検討されるようになっていくはずです」

 3DVRの視聴料金は各200円。料金を決済すると、48時間、自由に3D空間上の美術館を動き回り、鑑賞することができる。十和田市現代美術館では、館長の鷲田めるろ館長や学芸員、モリムラ@ミュージアムアーティストの森村泰昌氏の解説動画が空間内に埋め込まれており、クリックすると動画を再生することができる。  「どんなに素晴らしい最先端技術があっても、大学や研究所などで行われる“研究”だけで世の中に出ずに終わってしまうこともある。我々は技術が実用化され、その結果多くの人たちがアートへのアクセスが容易になる社会をめざしています。」と鈴木さん。若年層が多いと想定していた利用者の年齢層は意外に高く、今後の発展の可能性を強く感じているという。

モリムラ@ミュージアム 展示室2<蜜の味コース>

「美術館の3DVRを見たいという人は、美術館が大好きな人が多いと思います。でも、美術館に普段行かない人にも見てもらって、実際に美術館に興味を持ってもらうきっかけにしたいんです。
 たとえば、私たちは生きている間に、テレビや新聞、雑誌やネットなどを介して何十回も《モナ・リザ》という作品を見ています。だから、フランスに行ったら、《モナ・リザ》を見るためにルーヴル美術館に行きたいという人が多い。
 逆に考えれば、知られてない美術館や作品は「見たい」と思ってもらえない。選択肢にも入れてもらえないんです。3DVRで美術館の展示を見せることはこの問題の解決にも繋がっていくと思うんです。その美術館を知るきっかけ、興味を持つツールにとしても使っていきたいです」

十和田市現代美術館 マイケル・リン《無題》

より高次元なアーカイブを目指して

今回の取り組みは美術館にとどまらず企業からも注目度も高く、今後コンテンツの多言語化はもちろん、リアルだけではなくVRで展示することを前提とした展示にも繋げていきたいという。

「私たちがプロデュースを行う『sanwacompany Art Award』という建材メーカーのショールームの空間でアーティストに自由に展示をプランニングしてもらうアワードがあるのでですが、今回グランプリを受賞した作品もまさにDXを意識したものでした。リアルだけではなくVRで展示することで資料性も高まります。
3DVRアーカイブは図録やビデオ、写真などの記録よりも展覧会そのものを残せるので研究資料として非常に価値があるものだと思います。アーカイブというものは、人類の歴史では壁画からテキスト、映像とより高次元になってきています。また、人間も遺伝子を残してきていますし、宇宙や時空間自体がアーカイブ装置としても考えられるので、非常に本質的なものなのではと感じています。この3DVRも、擬似的な3次元でリアルにはまだまだ追いつかないものですが、より高次元を目指してアーカイブ性を高めていきたいと考えています。」

モリムラ@ミュージアム 展示室1<距離愛コース>

これからの美術館のあり方について、鈴木さんは美術館自身がこれまで以上にアクティブになる必要があるとも語る。「時間とお金は個人にとっては有限で貴重な資本です。その事に対してアート業界、美術館は非常に無頓着という印象があります。美術館同士、ギャラリー同士で客の取り合いをしていても拡がりがない。2時間空いている時間があったら居酒屋へ行く人、映画館に行く人に振り向いてもらう努力も必要だと思います。そのような人たちに美術館、博物館に興味関心が向くようなサービスを、テクノロジーを使って作りたいですね」

 また、テクノロジーにとどまらず、今後アート業界に求められるのは、海外の美術館で寄付を集めているファンドレイザーと呼ばれるような人や、政治やビジネスの観点でアートを見てマネジメントできる人材だと話してくれた。 多角的な視点でアート業界を盛り上げるアートローグの活動に、これからも注目したい。

文=浦島茂世

Information―

ARTLOGUE VR
十和田市現代美術館 美術館内常設作品
モリムラ@ミュージアム「北加賀屋の美術館によってマスクをつけられたモナリザ、さえも」

・公開日時:2021年1月21日(木)〜2月21日(日) (終了)
・視聴料金:各200円(48時間視聴可能)
・主催:文化庁、株式会社アートローグ
・協力:十和田市現代美術館、モリムラ@ミュージアム
・制作:株式会社アートローグ

株式会社アートローグ

2010年大阪市立大学都市研究プラザにて、文部科学省のグローバルCOEプログラム「社会的包摂と文化創造に向けた都市の再構築」の一環として、美術館やアート施設で行われる作品解説を映像化し収集、保存しオンライン配信する「CURATORSTV プロジェクト」を開始。その後「一般社団法人WORLD ART DIALOGUE」を設立し活動。2017年、研究プロジェクトから一貫して掲げてきた「アートへのアクセシビリティと理解の向上」と「アートを通した社会課題の解決」を目指し、ソーシャル・アート・カンパニーである株式会社アートローグを設立。これまで、展覧会のオンライン配信にいち早く取り組み、2014年には、会場内を一眼レフカメラで撮影した展示会場を3DVRでオンラインテスト配信。また、世界中のパブリックアートをオンライン上でアーカイブすることを目的に、身近にあるアートを、まるで宝探しのように検索できるプラットフォーム「MoPA(Museum of Public Art)」を開設。「Art for Human and Planet」をビジョンに掲げ、アートメディア「ARTLOGUE」の運営のほか、アートを基軸として企画・プロデュースを行う。

令和2年度戦略的芸術文化創造事業「文化芸術収益力強化事業」
サバイブのむすびめ

文化庁の令和2年度戦略的芸術文化創造事業「文化芸術収益力強化事業」として凸版印刷が受託した、文化芸術団体の新たな収益確保・強化を支援する「デジタル技術を活用した映像配信による新たな収益基盤の確保・強化」事業。新型コロナウイルス感染症の拡大による収益機会の減少により、多くの舞台芸術団体・博物館などの文化芸術団体の経営環境が厳しさを増すなか、美術出版社との協同プロジェクトとして、異なるジャンルの文化芸術団体が、ニューノーマル時代をサバイブするためのノウハウの共有や議論をする場を提供・活性化させることにより、文化芸術を次代につなぐことを目指す。

スペシャルサイト:survivenomusubime.jp/