クラシックコンサートのオンライン配信にいち早く取り組む、 サントリーホール インタビュー

文化芸術収益力強化事業 サバイブのむすびめ

2021/3/12

 文化庁「文化芸術収益力強化事業」の「デジタル技術を活用した映像配信等による新たな収益確保・強化事業」では、様々なジャンルの芸術文化団体の試みをバックアップしている。
 2020年12月24日にサントリーホールで開催されたバッハ・コレギウム・ジャパン「聖夜のメサイア」のオンラインライブ配信もその一つ。20年続く人気のクラシック音楽のコンサートをインターネット上で視聴できるようになったのだ。
 その取り組みについて、サントリーホール広報部部長の越野多門さん、副部長の井上真介さん、プログラミング・ディレクターの中鉢智博さんに話をうかがった。

日本を代表する音楽ホールの挑戦

 東京都港区の赤坂アークヒルズ内にあるサントリーホールは、「世界一美しい響き」をコンセプトに1986年にオープンした東京で最初のコンサート専門ホールだ。響きを徹底的に追求し、日本ではじめて全席がステージを取り囲む、ぶどうの段々畑を名前の由来とするヴィンヤード形式を日本で初めて採用。音響的にも、視覚的にも演奏者と聴衆が一体となり、臨場感あふれるステージを共有することを可能としている。

サントリーホール 大ホール
(C) Suntory Hall

 また、同ホールはコンサートだけではなくコンサート前後の時間も楽しむことにも重きを置いている。重厚な雰囲気のホワイエには、クロークやショップはもちろん、アルコールを楽しめるドリンクコーナーも日本で初めて設置。自主企画公演も積極的に開催し、新型コロナウイルスの流行が懸念される前までは、約2000席の大ホールと約400席のブルーローズ(小ホール)は、連日稼働しクラシックファンで賑わっている状態だった。

 「コロナ禍において、クラシック音楽を取り巻く世界は大きく変わりました。日本だけでなく、世界中の演奏者やホールともに苦境に立たされています」と話すのは、サントリーホールのプログラミング・ディレクター、中鉢智博さん。現在、若干ながら緩和されたものの、オペラや声楽など発声により飛沫が拡散する可能性のある演目がある場合は、前から数列の席のチケットは発券しないなどのガイドラインが設定されている。

同じくサントリーホール広報部長の越野多門さんも続ける。「客席を減らすということは、その分の入場料収入が減ってしまうということ。たとえ満席の公演でも赤字になってしまうこともあります。また、クラシックファンの年齢層は非常に高いので、ホール側で感染症拡大防止対策を万全に行っていてもホールへお越しいただくことに躊躇してしまう方も多い。オンラインの演奏会を試みていたところ、文化庁のこの事業を知り『メサイア』全曲演奏会で申請、採択されることとなったのです」

サントリーホール ホワイエ
(C) Suntory Hall

 バッハ・コレギウム・ジャパン「聖夜のメサイア」は、サントリーホールの主催事業として2001年から開催し、今回で20回目を迎えた名物企画だ。ヘンデル作曲の『メサイア』はキリストの降誕、受難、復活に至る生涯を描く壮大なオラトリオ(宗教的な題材の歌詞を持つ音楽作品)。クリスマスシーズンには世界中で演奏されている、まさに冬の名物詩。そして、出演者のバッハ・コレギウム・ジャパン(以下、BCJ)はバロック音楽を専門とする日本のオーケストラおよび合唱団で、2020年には英グラモフォン賞を受賞するなど海外でも評価も非常に高い。日本では、年末にベートーヴェンの交響曲「第九」の演奏会が開催されるという独自の風習があるため、『メサイア』の公演回数は限られている。そのため、BCJによる『聖夜のメサイア』公演は毎年多くの人々に期待されていた。

バッハ・コレギウム・ジャパン「聖夜のメサイア」公演の様子
(C) Suntory Hall

「しかしながら、感染症拡大防止のためのガイドラインに従うと、例年よりも200席強ほど座席数が減ってしまいます。1席を8000円から1万円で販売していましたので、非常に大きな痛手でした。そして、感染の状況が目まぐるしく変わり、ホールにお客様をお迎えしての公演が可能かもわからない状態。けれども、20回目という節目の年です、公演はなんとしても行いたい。このような状況でメサイアでは初めてのオンライン配信を行うことを決めました」

バッハ・コレギウム・ジャパン「聖夜のメサイア」公演の様子
(C) Suntory Hall

 「また、この助成では、普段私たちが使ったことがないプラットフォームで有料アーカイブ配信ができました。いずれもクラシック業界とのお付き合いの少ないプラットフォームで、これまでクラシック音楽に触れる機会がなかった方に、興味を持ってもらえるという可能性を感じました」と越野さん。当初は規模を縮小することを検討していた舞台装飾にも予算を配分することができたという。

コンサートのライブ配信を複数のプラットフォームで実現

 サントリーホールでは、これまでにも複数回オンラインライブ配信を試み、独自でノウハウを積み上げていたという。「ライブ配信は失敗することができないもの。当ホールでは2020年3月にYoutubeで無観客無料配信を行い、6月から無観客有料配信を行ってきました。業界のなかでは比較的早かったほうだと思います。複数回の配信を行うなかで知見を深めていくことができました」と、中鉢さんは当時を振り返る。

現在、オンラインのライブ配信はさまざまな事業者がサービスを提供し、 事業者ごとに長所が異なっている。「ライブ配信は、定点カメラを置きっぱなしにして、演奏を流すだけではお客様は没入できません。ホールに足を運んで見るのと遜色のないようにしたい。回線や音質、カメラワークやプレイガイドとのシステム連動、お客様の利用しやすさ、録画した後のコンテンツをアーカイブとして配信するかしないか、などクリアすべきさまざまな課題がありますが、ほとんど手探り状態。そこで私達は、配信事業者を一本化せず、コンサートごとにぴあさんのシステム、e+(イープラス)さんのシステム、ときには自前のシステムなど複数のシステムを利用して、自分たちのベストとはなにかを模索していきました」と越野さん。

 『メサイア』の公演は、サントリーホールでは初めてぴあやe+など複数の配信システムを同時に稼働させたものだ。「それまでは回線のもつれなどを考慮し、一つの公演では一つの配信システムを採用していましたが、なんとかノウハウも構築でき、ぴあ、e+の両システムを採用しました。お客様へ複数の選択肢をご提案できるようになってうれしかったですね」

バッハ・コレギウム・ジャパン「聖夜のメサイア」配信画面
(C) Suntory Hall

そして、公演後の評判も上々だ。「SNSなどの反応を見ると、地方に住んでいたり、高齢でホールに足を運べない方がオンラインで音楽を楽しむことができてうれしいという声も伺えました。また、物理的な距離があるホールでは見づらい指揮者の表情、口元や指先の動きをしっかり確認できる点も好評です」と中鉢さん。

 「『メサイア』は、公演後のしばらくの期間、見逃し配信を行っていたのですが、サントリーホールで公演をご覧いただいた後、自宅でもう一度視聴されるというお客様もいらっしゃいました。『あの演奏のとき、あの指揮者・演奏者はこのように動いていたのか、こんな表情があるのか』と、アーカイブ配信で繰り返し見ることでも新しい発見があるようです。 また、『メサイア』ではないのですが、昨年の6月に開催した室内楽のコンサートでは、1回500〜1,500円のオンライン配信チケットを「7公演セット券」としてセットでお得に販売する施策も行いました。セットで販売することで、リアルより気軽に聴いてもらえるという魅力もありますよね。オンライン配信は、今後のコンサートの楽しみ方のひとつになるような気がしています」と続ける。

バッハ・コレギウム・ジャパン「聖夜のメサイア」配信画面
(C) Suntory Hall

35周年を迎えたサントリーホールのこれから

 「クラシック音楽のオンライン配信への挑戦は、業界のだれもが以前から感じていたと思います。けれども、そのきっかけがなかった。今回、状況が背中を後押しした場面もありましたね。正直なところ、オンライン配信だけで黒字になる状態ではまだありません。高齢者のファンが多いため、まだまだ模索中で過渡期だと思います。コンテンツを単にそのままオンラインで配信するのではなく、今後も試行錯誤を重ねて、オンライン配信ならではの付加価値をプラスして満足度を上げることで収益化させ、ミュージシャンが活躍する場をより広げていけるようにしたいです」と井上さんは語る。

 サントリーホールは2021年で35周年。その記念事業の一環でも、オンラインライブ配信はよりいっそう拡充を図っていく計画だ。ホールの施設やコンサートを、生活の中で身近に体感できる新プラットフォーム「デジタルサントリーホール」を4月に開設予定で、最終的にはホール独自の配信プラットフォームを持つことを目指しているという。

サントリーホール35周年記念ロゴ&メッセージ

「デジタルを通じて、従来のお客様だけでなく、国内外の多くの方にサントリーホールの存在を知ってもらい、『いつかホールにコンサートに聴きに行ってみたい』と思っていただけるホールにしていきたいですね。 『メサイア』やこれまでのオンライン配信で培った経験をもとにデジタルコンテンツもよりいっそう拡充させていきたいです」と、越野さんは今後の展望に期待を膨らませた。

文=浦島茂世

Information―

サントリーホール クリスマスコンサート 2020
バッハ・コレギウム・ジャパン「聖夜のメサイア」

・開催日時:2020年12月24日(木) 18:30開演 (終了)
・会場:サントリーホール 大ホール
・料金:【公演チケット】S 10,000円、A 8,500円、B 7,000円、
        P 4,500円、学生1,000円 (税込)
    【有料ライブ配信】2,500円
    【有料アーカイブ配信】2,000円
・出演:指揮/鈴木雅明
    合唱・管弦楽/バッハ・コレギウム・ジャパン
    ソプラノ/松井亜希
    アルト/青木洋也
    テノール/櫻田亮
    バス/加耒徹
・主催:サントリーホール
・協力:The Okura Tokyo

令和2年度戦略的芸術文化創造事業「文化芸術収益力強化事業」
サバイブのむすびめ

文化庁の令和2年度戦略的芸術文化創造事業「文化芸術収益力強化事業」として凸版印刷が受託した、文化芸術団体の新たな収益確保・強化を支援する「デジタル技術を活用した映像配信による新たな収益基盤の確保・強化」事業。新型コロナウイルス感染症の拡大による収益機会の減少により、多くの舞台芸術団体・博物館などの文化芸術団体の経営環境が厳しさを増すなか、美術出版社との協同プロジェクトとして、異なるジャンルの文化芸術団体が、ニューノーマル時代をサバイブするためのノウハウの共有や議論をする場を提供・活性化させることにより、文化芸術を次代につなぐことを目指す。

スペシャルサイト:survivenomusubime.jp/