現役美大生6名が語る美術と美大と美大生

2020/8/26

美術の専門教育機関としての「美術大学」。制作と理論、教員と学生、

アーティスト活動と就職など、その教育環境の現在の問題とは

どのようなものだろうか? 現役美大生が「美大」と「美大生」のリアルを語る。

[ 進行]

荒木慎也

美術史・美術教育研究者

美大教育の「疑問」

――今回は美大生による学生座談会ということで、「美術教育」というテーマに興味を持ってくれた方に集まっていただきました。まず皆さんのほうから、実際に美大で学ぶなかで疑問に思っていることがあれば、お話しいただけますか。

まず美大教育に共通の問題として、学生の評価をどうつけているのかが、まったく不透明なことがあると思います。僕は現在東京藝術大学(以下、藝大)の大学院生で、これまで在籍してきたあいだに何度も評定を出してもらっていますが、おそらく、平均的に授業に出席していた学生は「優」、なかでも目覚ましい活躍をすれば「秀」をつけることになっているように推測されます。受験制度や卒業・修了制作もそうですが、美大にはテストにも、明確な評価の規準もないので、少しモヤモヤしています。
 シラバスもあるのですが、そこに書いてあることは抽象的な内容だったと記憶しています。例えば「彫刻について深く理解する」って書かれていたとして、そもそも「理解するってなんだ?」「理解する対象はなんだ?」 というふうに感じてしまいます。

僕は多摩美術大学(以下、多摩美)の同じ彫刻専攻修士2年ですが、似たようなことを感じますね。学部生のシラバスの最後には「出席重視」の4文字が。出席をとらない授業でもそうなので、どういうことなんだろうって……。先生が学校にいるときに来ている学生が、出席していることになるのかな……とか。

僕は、講評での評価基準が曖昧なことが問題だと思います。現代美術から影響を受けた人と、サブカルチャーから影響を受けた人の作品では、そもそもジャンルが異なる。そういった様々な作品がある講評の場では、教授と生徒の意識のあいだに大幅な齟齬があるため、そもそも作品を評価すること自体が難しい場合もあると思います。

私の通う東京造形大学(以下、造形大)の絵画専攻には男性の教授しかいません。私の担当指標の非常勤の先生でさえ女性は1人だけ。私は「性」を制作テーマのひとつにしているのですが、男性の教授に相談してもなかなか理解してもらえず、傷つくこともありました。もちろん異性だとわかり合えないこともあるのですが、わからないという前提で対応されることには悲しさを感じますね。

――学生の作品と教員の意識の齟齬の問題は、皆さんが共有できるテーマですよね。いまはジェンダーなどをテーマにした作品を制作することはごく当たり前なのに。教員の構成が学生の変化に対応できていないことが根本の原因かもしれません。

私はフィンランド出身で、日本の文化政策と美術を学ぶため東京大学の文化資源学専攻に留学後、藝大大学院のアートプロデュース専攻(GA)に入学しました。大学のなかでもっともやりたいことは学科間の横断的なコラボレーションです。GAが藝大にある意義は、「あいだにいる」ことだと思うのですが、私たちは現在、藝大のアーティストと一緒にプロジェクトをやっているわけではないんです。私がやりたいことは、例えば、アートプロデュース側と彫刻分野が直接的に関わってプロジェクトを立ち上げるなど。同じ藝大のグローバルアートプラクティス専攻(GAP)にもいろいろな国から来た学生がいますが、今年からやっとGAPの学生のおかげで、異なる分野とのコラボレーションをするようになったんです。

学科間の交流について


―学科間の壁や交流は、重要なテーマのひとつですよね。学生のあいだでは、ほかの科と自主的に交流しようという動きはないんですか?

大学院に入る以前から、ほかの科の人と交友関係がある人もいると思いますが、私のように完全に外から入るとそれもない。アーティストとほかの分野や社会の様々な領域とのコラボレーションに興味があるのですが、そういうプロジェクトを大学内でやっている人を知りたいです。

多摩美の場合は、「PBL(プロジェクトベースドラーニング)」という授業があります。そこでは学科を横断して、すべての学生が集まれる。ただ、いわゆるファインアート系のPBLの授業はほとんどない。デザインの分野では、東京大学、JAXAと協働して「アートサット(ARTSAT)」(2012〜14)という衛星を打ち上げるプロジェクトなど、企業や他大学とコラボレーションする機会があるのですが。


武蔵野美術大学(以下、ムサビ)だと「ムサビアートサイト」がありますよね。

僕はムサビの大学院生ですが、「ムサビアートサイト」は彫刻科の学生が企画をする野外展で、学生がほかの学科の人を呼んで、つながりができることはありますね。そういったものの積み重ねから、自然と他学科と交流できる環境にはなっている気がします。

大学の工房を開放して誰でも出入りでき、そこでいろんな学科の人が交わることができればと思います。もちろん危機管理は必要ですが、技術者がいて、すべての学生に平等に技術を習得できるチャンスがある。そういう開かれ方がいいと思っています。


――誰もがそこに行けて、例えば、鋳造がやりたかったら、その工房に行けば、鋳造の専門家として先生がいる、といったかたちですね。

造形大では、学生が運営や企画に関われる学生自主創造センター(CSLAB)があり、どの専攻の人も機材を借りることができるのがいいところだと思います。あと工房に行けば、大きな機械などがあり、学生なら誰でも使うことができるし、技術者もいて助かります。

僕が認識している限り、版画の分野ではそういうことはないですね。機材によっては事故が起こりやすいし、版画は専門技術化していて、ほかの科の人には馴染みがないように思います。開放されるようになったら、版画そのものの立ち位置も大幅に変わっていくのかな。

――いまはいろんなメディアを扱うのが当たり前であるにもかかわらず、美大はそれぞれ技法によってわかれた学科構成をしていますよね。そのなかで皆さんはどうやって制作をしているのかが気になります。

学科間の風通しがあってしかるべきだ、というふうには僕も思っています。でもこれは、版画に限られた話ではなくて、すべての科に「メディア」に依存した名称がつけられていることで、学科間の垣根の問題が起きているとも思っています。もうひとつは、先ほど宮川さんが言ったように、技術者がいたほうがいいというのは僕も共感できるんですけど、いっぽうで実技系の学科でも、批評家の人などが教員としていたら、なおいいと思います。現在の教員は技術者の側面が強い人のほうが多い。ムサビなどは外から見ていると、批評的な役割と技術的な役割を両立した、バランスの良いアーティストが多いという印象もあるので、バランスさえ取れるのであれば、教員が作家で固まっている場合もありとは思いますが。

ムサビの彫刻科の場合は、教員が科内でどういった役割を担うことができるのかが意識的に考えられていることもあり、多様性がある人事になっていると思います。ただその多様性のある環境によって表現自体が薄まってしまっている印象もあります。バランスを取らずに偏りがあるからこそ強い表現が生まれる可能性もある気がしますね。

「大学」という体制の問題

大学の体制について言えば、多摩美の大学院生のあいだでは、昨年度から大学の教育状況の改善を求める活動や運動が行われています。2017年の3月から約1年間、学科の教育状況の改善を、学校を通じて訴え続けましたが、それでは埒があかず、18年の2月に、改めて彫刻学科と大学へ要望書を提出し、広くウェブサイトなどでも公開しました。それとともに、アカデミック・ハラスメントだと思われる複数の事案を大学に報告しました。それ以降、大学は、学長を中心として学生と対話の場を設けてくださっているんですが、それに対して彫刻学科のほうからは誠意のある対応が見られません。黙殺と言っていい状態だと思います。何件か、学校の委員会のほうでアカハラとして認定されたものはあるんですけれど、学科のなかでの意識は結局変わっていないように思います。ハラスメントの申し立ては、個人名を明かすかたちで行われ、その後ハラスメント防止委員会の招集が検討され、仮に招集された場合はそこで申し立て者と被申し立て者にヒアリングが行われる。申し立て者が「確かに言われました」と証言したとしても、その時点での録音などの証拠がなく、被申し立て者が「言った記憶はない」と言ってしまえばハラスメントは認定されずに、ハラスメントはなかったということになってしまうんです。

――細かいハラスメントだと録音するまでに至らないものがたくさんあるけれども、その積み重ねが学生一人ひとりにとっては大きな問題になっていくということですよね。

藝大は「伝統と革新」を掲げることも多くある印象ですが、とくに伝統的なシステムが強い彫刻分野では、学生には共有こそしきれていないけれど、教員側としては守らなければいけない枠組みがあるのだとも思います。ただ、それが学生の需要に合わない場合もありますよね。宮川さんには申し訳ないのですが、僕は正直、多摩美彫刻学科の声明にあまり共感しきれない立場。というのも、教員がそうなってしまっている理由には理解できる部分もある。伝統を生かすよりも、伝統を守ることが先行してしまっているので、教員側もどうしたらいいのかわからないのだろうなと想像します。

――私は大学で教員をしていますが、大学で働く立場からすると、独裁を防ぎ、教員の研究や制作の自由を守るために、大学が簡単に教員の首を切れないようにするテニュア(終身身分保障)制度を守るべきだと思います。ただ、どんな人間も時代遅れになることから逃げられないですから、同じ人間が大学に残り続けると、伝統を守る立場にならざるをえない状況があります。皆さんの希望に沿って言えば、古い先生は一歩後ろに引いて、若い先生に新しい作品や学生と接触させるのが理想だと思います。そういった教育のシステムは皆さんのところではどうでしょうか。

私のいるGAのリサーチ分野について言えば、新しい専攻ということもありますが、学生の研究テーマやプロジェクトなど、興味の対象が様々なので、自然とそれぞれの関心にかなった先生に師事する流れがあります。いろんなタイプの先生がいて、それぞれ自分の対象とする領域がはっきりしている。文化政策に興味がある学生なら、劇場のマネジメントの先生やアートプロデュースの先生に師事するし、ほかにもアートプロジェクト、社会学、美術史まで幅広い領域があるので、同じような問題は起きにくいと思います。

多摩美の彫刻学科の場合は、非常勤の先生が企画した自主ゼミさえ、会議にかけられる前にダメと言われてしまうことがあるんです。勝手にやったらあとで怒られたりしますね。

多摩美の版画科の場合は、今年度の入学生からカリキュラムが大幅に変わりました。それによって、今年の1年生はとくに、版画や絵画といった平面表現だけでなく、立体作品を制作したり、様々な分野の作家の方を呼んでいろんな実習を受けていて、版画以外のことを勉強する機会が増えていると思います。外の方を入れていくという意味では、オープンなのかなと。

宮川さんが言ったような、勝手にやると怒られるという状況は武蔵美ではまったく想像できないですね。学生でも教員でも、誰かが自主的に企画することに対しては基本的に賛同してくれる雰囲気です。

造形大のCSLABには、僕もたまに顔を出します。

CSLABは職員の方もいますが、学生が運営する組織です。学生の声が通りやすく、いろんな学科の人が集まって実験できる場所として機能していますね。

美大で学ぶということ

現在オルタナティブ・スクールなどがあるなかで、なぜあえて美大に在籍して美術を学ぶのかついて、皆さんにうかがいたいです。美大の良さとして、美大それぞれに知の蓄積があって、自分より20、30歳上のその分野を扱う人がいる環境があり、いま自分が学んでいることと歴史との相対化がしやすい場所であることが、挙げられると思います。 

――大学にいることで大学の歴史が相対化できますよね。宮川さんたちの活動も、多摩美の学生が立ち上げたからこそ意義のあるもので、自分のいる場所との距離の取り方とか、自分のいる場所の引き受け方という点でも、大きな意義を持つと僕は思います。

ひとつの難しさとして、作家志望の学生と就職したい学生が一緒の学年にいて、教員側も指導や関わり方のなかで掛ける言葉選びなどが大変だろうなと思います。

美大に入る前と後の「美術」が全然違ったために、就職を志望する結果に落ち着くという話はよく聞きます。自分が興味があったのはこの「美術」じゃなかった、みたいな学生が多い。じゃあ何に興味があったかって考えると「つくることが好きだった」「つくることから離れられなかった」みたいな話で。「美術」という名称や枠組み、大学という機関自体が足かせになってきて、結果的にネガティブな理由で就職してしまう人もいるのかなと。

大学に入る前に「美術」というものに触れる機会って、中高生だと美術の授業がほとんどだと思うんですよ。美術館に積極的に行く人って少数派。あとは学校の美術部があって、そこで行われていることの多くはペインティングや立体制作。そういった「美術」の延長に美術大学があると思っている人が多いのかな。

美術部って「好きなことやっていいよ」という場合が多いもんね。大学になると違うから。

でも「好きなことやっていいよ」って言われて、なんでキャンバスに油絵具で絵を描くんだろう。

「美術」というと油絵やキャンバスに絵を描くというようなイメージの前提があるのかな。

アーティストとして生きる?

――最後に、皆さんはアーティスト志望なんでしょうか? これからの目標や展望をお聞きしたいです。

作家を目指したい気持ちはありますが、それとは別に、同世代的なつながりやネットワークを持ちながら活動していきたいですね。

私はインスタレーション形式の作品を制作することが多く、作品のタイプからして売りにくいものということもあり、どのように活動するか考えている最中です。オルタナティブ・スペースを運営するなども含め、アートを通じて社会の中で面白いことをしたいと思っています!

私は、アカデミックな世界とアートのあいだにいたいと思っています。日本のアーティストには奨学金制度も少ないし、アート業界のギャラリー制度もまだ強いし、アーティストの社会的な立場は弱いですよね。いっぽうアカデミックな世界も大事ですが、その2つの領域だけだと、リアルな世界とのつながりが足りないと思います。だからアーティストと一緒にプロジェクトをやっていけるよう、オルタナティブなアートイベントなどに関わりながら、アーティストの役に立てればいいなと。出身地のフィンランドもそうですが、研究者をとりまく状況も厳しいので、そのためには大学に所属するのではなく、インディペンデントでやるしかないと思っています。あとは、グローバルアーツといっても現在はフランスやドイツなど、欧州から来ているアート理論ばかりが注目されるので、日本から次の波が起きてほしいですね。日本と自分の国のあいだをつなぐ人がもっと出てきてほしいと思います。

――オルタナティブ・スクールや留学という選択肢など、いまいる場所を出て、こういうことがやりたい、やりたかったということはありますか?

留学したり、もっと海外の情報やアート関係者とのつながりを得る機会があったら良かったなとは思いますね。

僕はイギリスへ短期留学をしました。学生がゲストのアーティストトークを企画して、アーティストにコンタクトをとるところまでやって、実現させてっていうのを週に1回行ったりする大学もあって、日本の大学でもそういうことができたらいいなとは当時思いました。

――これからの時代、日本の大学だけを居場所にするのでなくどうやって自己を教育していくのか、という選択が重要になりますね。本日はありがとうございました。